ATMのカードレス出金は、なぜ面倒なのか――正しい設計に生まれた摩擦

カードを持ち歩かずに出金できる、ATMのカードレス出金。確かに便利なはずなのに、実際に使ってみると「思ったより面倒だ」と感じる人も多いのではないだろうか。

スマホでアプリを操作し、QRコードを読み取り、番号を入力する。今の技術を考えれば、Suicaのように「かざして終わり」にできそうなものだ。そう感じてしまうのも、無理はない。

こうした感覚の背景には、スマホ決済やネットバンクが当たり前になった今、ATMを取り巻く環境の変化もあるのかもしれない。

二つの出金には、
まったく違う構造がある

ここで、従来の出金と、現在主流となっているQRコードを使ったカードレス出金を比べてみよう。

カードレス出金(QR方式)

まずスマホアプリを起動し、ログインしたうえで出金の準備を行う。

金額を入力したあと、ATMの前で、画面に表示されたQRコードをスマホのカメラで読み取る。するとスマホに番号が表示されるので、それを今度はATMの画面に入力する。ようやく認証が通り、現金が出てくる。

スマホを見て、ATMの画面を見て、またスマホを見る。視線と指を何度も往復させながら、一連の流れを終えるまでには、思った以上に「作業」をしている感覚がある。

キャッシュカード出金

一方、従来のキャッシュカード出金では、ATMにカードを挿入し、暗証番号と金額を入力すれば、そのまま現金を受け取ることができる。

こうして書き並べてみると、新しい仕組みのはずのカードレス出金の方が、どこか遠回りをしているように感じる。

この二つの仕組みは、
なぜ同じ前提に立てないのか

従来のキャッシュカードによる出金が、あれほど簡単な操作で成立してきたのには理由がある。

キャッシュカードは物理的な存在で、「専用のカード」が「専用の挿入口」にある。この事実そのものが、「本人がその場にいる」ことの証明になっていた。そこに暗証番号という知識をひとつ重ねるだけで、認証は自然に成立していた。

カードとATMという、二つの物理が結びついている状態。この一体性が、そのまま信頼の土台になっていたからこそ、操作を極端に複雑にする必要はなかったのだろう。

一方で、スマホを使った出金は前提がまったく異なる。

スマホは、本人のものなのか。
いま本当に、この場所にあるのか。
操作しているのは本人なのか、それとも遠隔なのか。

こうした問いに対して、ATMはそれを物理的に確かめる術を持っていない。目の前のスマホと、直接つながる方法がないのだ。では、ATM側でそれを補えないのかというと、そう簡単でもない。

ATMに高度な生体認証センサーを搭載することは、コストや保守、設置環境の面で現実的ではない。スマホ決済のような、NFCを使った認証も、ATMの世代や共通化の問題を考えると、全面的には頼れない。

つまりATMは、スマホが本来持っている能力を、そのまま借りることができない装置なのだ。その結果、選ばれたのがQRコードと段階的な操作だった。

本人のスマホで、本人のアプリを使い、本人が操作し、目の前のATMと結びつける。これらを同時に成立させるために、QRを介したやり取りと、複数の確認フローが用意された。

そう考えてみると、カードレス出金の冗長さは、無駄に積み上げられたものというより、「成立させるために残された手順」に近いようにも見えてくる。ただ、ここまで慎重に設計されているにもかかわらず、私たちはそれを「安心だ」と感じるより先に、「面倒だ」と感じてしまう。

私たちの感覚は、
すでに次の場所へ進んでいる

ここまで見てきたように、カードレス出金の仕組みは、決して雑に作られているわけではない。むしろ、現実的な制約の中で、成立させるために必要な確認が丁寧に積み重ねられている。

それでも私たちが「面倒だ」と感じてしまうのは、仕組みそのものよりも、別のところに理由があるのかもしれない。思い返してみると、日常の多くの支払いは、すでに操作として意識しなくても済むものになっている。

金額を確認する。
ボタンを押す。
スマホをかざす。

その一連の流れの中で、「お金を使っている」という感覚すら、だいぶ薄れてきた。そうした感覚に慣れた私たちにとって、現金を引き出すという行為は、もはや特別な操作であってほしくないのかもしれない。

だからこそ、慎重に確認を重ねる設計が、「正しい」よりも先に「面倒だ」として立ち上がってくる。現金を引き出す行為にさえ、私たちはどこかで、「金額を確認して、かざすだけ」そんな手触りを期待してしまっているのかもしれない。

――

ATMのカードレス出金は、いまの時点では、正しく設計されているのだと思う。

それでも私たちが「面倒だ」と感じてしまうのは、現金を引き出すという行為に対する感覚が、すでに次の時代へ進んでしまっているからかもしれない。

これは失敗ではなく、キャッシュレスへ向かう途中で、私たちの感覚と、いまの仕組みとのあいだに生まれた摩擦なのだ。