夜、家族が寝静まったあとに、Perplexityに触れる。何か調べものをしようというわけではない。「内省に耽る」というほうが自然かもしれない。
ふと、自分のサイトについて聞いてみたくなった。評価を得たいというわけではない。他者の目にどう映るのかを知りたかったからだ。
返ってきた言葉を読んで、ああ、なるほどな、と思った。自分では意識していなかった輪郭が、そこに描かれていた。自分で自分を観察するような、不思議な気持ちになる。
そこから、問いが連鎖していく。こういう考え方に近いサイトは、他にもあるのだろうか。この方向性は、何かの思想と重なっているのだろうか。
気づくと、ただ潜っていた。どこから入り、どこへ向かっているのか、自分でも曖昧になっている。
問いを重ねていくうちに、自分が考えていたことに近い思想が、すでに名前を持っていることを知った。「Calm Technology」というらしい。
そのとき感じたのは、驚きよりも、少しの安心だった。
同じようなことを考えている人が、すでにいた。名前のなかった感覚に、輪郭が与えられた気がした。
この夜の体験は、何か調べものをしていたのとは違う。そもそも、答えを探していたわけでもない。
問いを投げ、返ってきた言葉をきっかけに、また別の問いが生まれる。そのうちに、思考の形が少しずつ変わっていった。
完成された答えを受け取るというより、自分の中の考えを外に広げながら整えていく感覚。ノートに言葉を書き連ねながら考えを整理していくときの、あの姿勢に近い。
それは「読む」というより、どこか「書く」に近い気がする。
検索とは、外にある情報へ辿り着くためのものだったはずだ。最近、そんなことを考えて文章を書いた。探索は失われたのだろうか、と。
でもいま、ここで起きていたのは、もう少し違う種類のものだった。問いを重ね、文脈を辿りながら、思考そのものを見つけにいく。
失われたのではなかったのかもしれない。ただ、その向きが変わっただけだ。少なくともこの夜、私はPerplexityの中で、どこかへ辿り着こうとしていた。
自分の輪郭を、たしかめるように。